伊勢へ参拝前に、二見でお清めを

二見浦は、かつて伊勢神宮に参拝する人たちが身を清めた場所でもあります。 古来より、二見の浜辺で海に浸かり、禊(みそぎ)をしてから神宮に参拝するのが習わしでした。 現在は海に入らなくても、海沿いにある社殿で「無垢塩祓い(むくしおばらい)」というお祓いを受けることができます。

二見と伊勢の繋がり

 神代の昔、倭姫命に導かれた天照大神は、「神風の伊勢の国は、常世の浪の重浪帰する国なり。傍国の可怜国なり(伊勢は、常世の波がうち寄せる良き国である)」というお告げを下し、伊勢の地に鎮座されました。
伊勢の東に位置する二見は、まさしく常世(海の向こうの理想郷)からの波が打ち寄せる場所。 一年で最も太陽の輝きが増す夏至の季節、太陽は二見の浦にうかぶ夫婦岩の間から昇り、水面を金色に染め上げます。時にははるか彼方に霊峰・富士山さえも望むというその光景は、神話の舞台にふさわしい美しさです。
しかし、二見の浦と太陽の不思議な符号は、それだけにとどまりません。

神秘を秘めた太陽の符号

神代の昔、倭姫命に導かれた天照大神は、「神風の伊勢の国は、常世の浪の重浪帰する国なり。傍国の可怜国なり(伊勢は、常世の波がうち寄せる良き国である)」というお告げを下し、伊勢の地に鎮座されました。
伊勢の東に位置する二見は、まさしく常世(海の向こうの理想郷)からの波が打ち寄せる場所。一年で最も太陽の輝きが増す夏至の季節、太陽は二見の浦にうかぶ夫婦岩の間から昇り、水面を金色に染め上げます。
時にははるか彼方に霊峰・富士山さえも望むというその光景は、神話の舞台にふさわしい美しさです。 しかし、二見の浦と太陽の不思議な符号は、それだけにとどまりません。 夏至の太陽が昇る夫婦岩…太陽神・天照大神が「常世の浪の重浪」が寄せ来るところと神託を下した伊勢の東、すなわち日の出の方向に位置する二見の地。
実は、この二見にはこれ以外にも、不思議な太陽の符号があります。

二見と伊勢、太陽の道

 そのひとつは「太陽の道」。これは、日本最古の歴史を持つ大神神社(おおみわじんじゃ)の御神体・三輪山を通る北緯34度32分のラインの東西に、700キロにわたって古代の遺跡や寺社が連なっているというもので、 三輪山から西には、伊勢神宮鎮座ゆかりの檜原神社、箸墓古墳、二上山の穴虫峠、淡路島の「伊勢の森」、そして山口県の須佐海岸へと至り、東には長谷寺、天皇が伊勢神宮に派遣した皇女…… 斎王が住まいした斎宮跡、そして元旦に行われる奇祭「ゲーター祭」の神島など、「太陽」をキーワードとしたスポットが並んでいます。 また、垂仁天皇時代の都・纏向から三輪山の頂上に立春の太陽を望むラインを延長すると、伊勢神宮内宮に至るといいます。そして、内宮神苑の入口である宇治橋の鳥居には、夫婦岩とは逆に冬至の太陽が昇るのです。
この二つの太陽のラインは、二見を挟むように位置します。
人が作る寺社であれば、その位置関係に意味を持たせることは容易です。しかし、夏至の太陽が昇る夫婦岩のような自然の造形はそうはいきません。
もしかしたら、夏至の太陽を望む神秘の場所が二見にあったために、この地に太陽のキーワードが集められた……そんな歴史があったのではないでしょうか。